水戸徳川家について
尾張・紀伊の両家とならび、御三家の一つである水戸徳川家は家康公の十一男頼房公が初代藩主でした。二十五万石(後三十五万石)の藩主として江戸に常住(参勤交代は免除)将軍の補佐役として多大な信頼を確立しました。以降明治四年(1871)の廃藩置県まで、歴代(十一代)藩主が二百六十年にわたって継承しました。その間「天下の水戸」は、政治的にも、学問の上でも、二代藩主の徳川光圀公(おくり名は義公、水戸黄門)と九代藩主の徳川斉昭公(おくり名は烈公)が有名ですが、斉昭公の七男徳川慶喜公も第十五代将軍として歴史上に大きな足跡を残しました。また独自の学風「水戸学」がはぐくまれ、幕末の時代に大きな影響を与えたことも忘れられません。