愛宕山古墳の西方、北に下る滝坂の中程、曝台といわれる右手にあって、「千歳湧く曝井の泉」と郷土かるたに選定された1200年の歴史を秘めた萬葉ゆかりの湧き水です。
「三栗(みつくり)の中に向へる曝井の絶えず通はむ彼所(そこ)に妻もが」と天平宝字3年(759)までの約130年間の飛鳥・奈良時代に詠まれた我国現存最古の「萬葉集」の巻九に、高橋連虫麻呂(たかはしむらじむしまろ)の作と伝えられている水戸市唯一の萬葉の遺跡です。
乙女達のこの華やいだ仕草に、遠く大和から派遣された萬葉歌人が、妻を偲んで詠んだものとされています。
また、和銅6年(713)の詔命によって作られた常陸の地誌「常陸國風土記」の那賀(なか)の郡(こうり)にも「粟河(あわかわ)(那珂川)を挾んで置かれた河内駅家の南に当たり、坂の中程に水量豊富で清い泉が出て。これを曝井といって付近に住む村の乙女達が夏月に集い、布を洗い、曝し、乾した」とあります。 |