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水戸藩初代藩主徳川頼房公が元和7年(1621)徳川家康公を祀る神社として創建されました。現在は頼房公も祀られています。境内には頼房公が奉納した銅灯籠,徳川光圀公(水戸黄門)が造らせた常葉山時鐘,徳川斉昭公の考案による、安神車(戦車)などが現存しています |
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水戸藩の藩校として第9代藩主徳川斉昭公により天保12年(1841年)8月に創設されました。藩士に文武両道の修練をつませようと武芸一般はもとより、医学・薬学・天文学・蘭学など幅広い学問をとり入れた、いわば総合大学というべきものでありました。安政4年(1857年)には鹿島神社と孔子廟(こうしびょう)を祀って弘道館の本開館式を行いました。当時の藩校としては国内最大規模のものでした。
第15代の将軍となった徳川慶喜公も、父斉昭公の厳しい教育方針で5歳の時から弘道館において英才教育を受けました。慶応3年(1867年)の大政奉還の後、謹慎した至善堂(しぜんどう)が今も残っています。弘道館は国の特別史跡になっており正庁・至善堂・正門の3ケ所は重要文化財に指定されています。
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*入場料割引(190円→150円) |
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10分 |
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朱舜水は明の儒学者。明朝が滅亡し長崎に亡命していた舜水を、水戸藩第2代藩主徳川光圀公が師として水戸藩に招きました。
舜水の学問は、空論を排し実学を尊び、その学識は、祭器、養蚕、種痘の処方に及びました。中でも正式の儒学、釈典の礼法を伝えて、藩士を教育しました。実用的な学風が水戸藩に起こったのはこの舜水の影響といえます。
また、光圀公に中国の麺を差し上げたという記録が残っており、これが日本で最初に食べたラーメンといわれています。
この地には舜水のほこらがあったといわれており、像が建てられました。
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20分 |
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佐竹義宣公が居城を常陸太田より水戸へ移すにあたり、文禄元年(1592)水府総鎮守として当宮を鎮斎。文禄3年(1594)八幡小路(北見町)に本殿を創建しました。一時常北那珂西に移遷されましたが、現在の地に再び移遷されました。この本殿は四百年の風雪を経た今日、尚、安土桃山時代の荘厳華麗な姿で現存し、国指定重要文化財となっています。
樹齢700年、葉の先に実を結ぶ御葉付公孫樹(おはつきいちょう)は国指定天然記念物。茨城百景、茨城観光百選にも上位で選ばれています。
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15分 |
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1864年、尊王攘夷の志なかばにして幕府に降伏した天狗党の志士800余名は、敦賀にあった16棟の鰊倉(にしんぐら)に押し込まれ、残酷非道の処遇を受けました。この鰊倉の1棟を約100年後、敦賀市より譲り受けて水戸の常磐神社境内に移築し、回天館と名付け、平成元年、回天神社内に移築されました。現在、回天館は保存会によって管理され、天狗党の資料などを展示し、永く顕彰する事を目的としています。
また、昭和8年、安政の大獄、桜田門外の変、坂下門外の変以後国のために殉した1,785名の志士の霊を慰めるとともに、後世に伝えるため忠魂塔が建てられました。さらに昭和44年には明治維新百年を記念し、回天神社が造営されました。
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徳川光圀公(水戸黄門)は寛文6年(1666)、水戸藩士のため上市に常磐共有墓地、下市に酒門共有墓地を創設しました。当時水戸藩の士民の喪祭が神仏まちまちで往々にして誤った習慣にとらわれ、無駄な費用に苦しめられているのを見て、これを正しく指導する必要を感じ造成したものです。
墓地内には、「格さん」のモデル安積澹泊をはじめとする彰考館の学者達、後期水戸学の中心をなした藤田幽谷・東湖父子、豊田天功や、桜田門外の変・坂下門外の変などに参加した烈士の墓が建ち並びます。
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大悲山保和院(だいひざんほわいん)桂岸寺に隣接しており、遠く元禄時代、徳川光圀公(水戸黄門)が寺の庭を愛されて保和園と名付けられたのが始まりといわれています。
昭和初期、地元有志の手によって拡張整備され、池に築山を配した純日本庭園になり、名前も「保和苑」となりました。昭和25年、桂岸寺より水戸市へ移管されたことにより、昭和36年地元と市による保和苑振興協議会が発足し、運営されています。
昭和30年代、苑を拡張してあじさいの植栽が行われました。初夏になりますと、国内(面積1.5ha)の30数種類、約6,000本のあじさいが咲き競い、「水戸のあじさいまつり」が開催されます。
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30分 |
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創業昭和10年の老舗の漬物工場。
梅干は国産梅を一つ一つ丁寧に天日干しで仕上げます。那珂川流域のミネラル分を豊富に含む肥沃な土地で育った「那珂川清流野菜」を使った浅漬けも好評です。
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徒歩
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28分 |
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愛宕山古墳は、6世紀初頭の築造と考えられ、全長136.5mに達する大きな前方後円墳で、有段の墳丘とみごとにながく延びる前方部、東方・北西の一部に堀を残しているなど古式形態を保ち、築造当時の面影を充分伝えてくれる古墳です。
愛宕山神社は、朱雀天皇の天慶元年(938)に常陸大掾平国香(だいじょうたいらくにか)が、山城国愛宕郡(現在の京都市右京区愛宕町)愛宕神社より分霊をいただき、常陸国府中(今の石岡市)に勧請されたのがはじまりで、天正8年(1580)に佐竹義宣が袴塚の現在地に移したと伝えられています。社殿は東方の水戸城を守護するとともに、火伏せ(火除け)の神様として広く信仰されています。
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22分 |
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明治36年に着工し、翌年竣工した校舎の玄関部分です。ベルサイユ宮殿を模したと伝えられており、屋根・柱の様子や石貼りの外壁にその特徴があらわれており、登録有形文化財に指定されています。
設計したのは、茨城県技師駒杵勤治です。駒杵勤治が設計した県内の主な建築物としては、県立太田中学校講堂(現・太田第一高等学校旧講堂)、県立土浦中学校本館(現・土浦第一高校旧本館)があり、両建造物は国指定重要文化財に指定されています。
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徒歩
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25分 |
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市制100周年を記念し開館した文化施設。音楽、演劇、美術の芸術活動が、それぞれの専用空間で繰り広げられています。
100メートルのタワーからは眺望が楽しめ、ミュージアムショップ、レストランも利用できます。
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徒歩
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15分 |
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※注意
弘道館は70歳以上は無料になります。年齢を証明するものをお持ちください。 |
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